Covid

Covid-03~ジャンヌ・ダルク~

Covid-02~異世界転生~https://www.hassiy2.com/covid-01/ 目を覚ますと、俺は知らない部屋で椅子に縛り付けられていた...

「ありがとうございましたー」

 愛想の良い店員に見送られて店を出ると、頭にぐるりと巻かれたターバンに手をやった。額には思考化声を抑えると言われる魔石がはめ込まれている。ドラゴンの胆嚢にできるベソアールを加工して作られているらしい。

「よく似合っているわ」

「そうかあ? ターバンなんて柄じゃねえんだけど」

「文句を言わないの。私がお金を出したのよ。当然、後で返してもらうけどね」

「ちょ、プレゼントじゃねえのかよ。これは借金なのか?」

「当然でしょ」

 ちぇっと舌打ちをしてぶらぶらと道を歩き出す。街並みはしっかりとした石造りの建物で、景観を意識してか、真四角にきっちりと切り出された石材で建築されている。気候はじっとりと熱く、湿度が多いせいで肌がべたつく。エアコンが恋しいと思うのが、どうせ異世界にはそんな機械じみたものはないんだろ。

「こんな暑いのに、よくバテないな」

「暑いか、もっと暑いしかないのよ。今日はこれでも涼しいほうよ」

「うへえ」

 異世界転生に当たりか、外れかがあったのなら、間違いなく外れを引いてしまった。転生して早々に目玉を引っこ抜かれ、炎天下の中を歩かされる。いくら、乳増しのエルフ様が付いていたって、この手に収めなければただの肉塊でしかない。見て楽しむにゃあ、目玉が一つ足りねえんだよ。心の中で悪態をついていると、マリアは足を止めた。おんやあ、ターバンを巻いているのに、思考を読み取られちまったかなあと思いきや、マリアは建物を指さして「さあ、ついたわ」と言った。その指先には、『目玉屋』と書かれた看板が軒先に出ている、いかにも胡散臭そうな店だった。

「なんだよ、目玉屋って」

「そりゃあ、読んで字の如くよ。目玉を売っているの。あなたの世界では目玉は売ってないの?」

「肉や野菜みたいにほいほい売ってねえよ」

「目玉も肉だけど」

「そりゃあ、そうだけどさ」

 まさか、ここで目玉を買って俺の目にはめ込もうってわけじゃなだろうな。人間の直観っていうのは八割は当たるらしいのだが……。店先に吊るされた暖簾に腕押しをして、中に入ると、その直感というやつは確信に変わった。

 ぎょろり、ぎょろり、ざざっと千はある目玉が一斉に視線を俺に向ける。やめろ、やめろ、俺を串刺しにするなああ! 暗黒界の……。

「ねえ、シャルル。暗黒界って何?」

「えええ、いやあ、ターバン巻いているから聞こえないだろう」

「完全防音じゃないのよ、それに、シャルルの声ってなんかうるさいし」

 しょぼーん(´・ω・`) 俺の声ってうるさいのかよ。初めて知ったわあ、同級生の女子にも一度も言われたことないのに~。いや、そもそもそんなに喋ったこともないけどな。

「暗黒界っていうのは俺が生まれた場所さ。灼熱の溶岩流が流れる岩肌が、女神さまの一喝によって割れ砕けて、俺は誕生したのさ」

「いや、溶けて燃えちゃうでしょ。また、お得意の妄想ね。嘘はいけませんよ、嘘は」

 めっと唇を弾かせて、こつんと俺の頭に拳を落とす。あかん、惚れてまうやろおおお。

「ちょっとさあ、店の中に入ってきていちゃこらすんのやめてくんない? 営業妨害で女王陛下に訴えるんだけどー」

 軽薄で舐めた言葉尻の声が店の奥から聞こえてくる。店内にはガラス瓶に入れられた目玉がぎっしりと壁や天井に張り付いている。ちょっと背筋が寒くなるような光景だが、その目玉は俺たちを観察するかのように動くのだ。蓮コラとかダメな人は、ちょっとお見せ出来ない光景かもな。ちなみに、床にもガラス瓶が散乱していて、文字通り足の踏み場もない。それでも、店の奥からひょっこりと顔を出した少女はまるでダンスでも踊るかのように、僅かな隙間をよいしょと踏みしめながら、こちらにやってきた。

 髪の色は不明だが、後ろ手に一つに結い上げている。服装はシャツとジーンズ姿だが、黒ずんだエプロンをしているのが特徴的だ。また喋る度に唇の端っこから除く八重歯がやけに尖っているのが目につく。 

「ジャンヌ、私がいつ、いちゃいちゃしたって言うのよ。この下品でキモイやつとそんなやましいことをした覚えはないわ」

 下品とキモイって言葉が、視線より物理的な感覚を伴って突き刺さる。おお、医者を呼べえ、メンタルが重症なんだあ。

「そうやって否定するやつほど、怪しいってもんじゃん。どうせ、乳の一つくらい触らせてんでしょ」

「失礼ね、汚らわしい、今日はこの子の目玉を買いに来たのよ」

 ケガラワシイ……? ちょっと言葉に意味が分からないんですけどお、いやあ、日本語って難しいデスネ。

「なんだよ、お客さんなら早く言ってくれよう。ここじゃあ、他人の目が気になるから外のテラスで話しようぜ」

 そりゃあ、『目玉屋』だもんなあ、他人の目しかないわけだし、他人の目が気になるのは当たり前ってもんか。外のテラスで腰掛けると、ジャンヌと呼ばれた少女がお盆を持ってやってきた。『目玉屋』の窓にはブラインドが下りていて、視線を上手い具合に遮っている。ジャンヌは机の上にお盆に載った飲み物を配膳すると、「これでも、呑んで寛いでよ」と屈託のない笑みを浮かべながら言った。

 飲み物はガラスのコップに入った黒い液体である。この黒と白でしか表現されない世界において、黒い液体というのは白っぽくない液体だということしか分からないのだが、さてさてどんな味がするんだろうな。乾ききった喉をごくりと鳴らせて液体を口に含んだ瞬間に、そのまま吐き出した。なんじゃこりゃああ、塩辛い鉄のようなこの味は紛れもない血液の味。俺はぺっぺと口に残った血液を吐き出しながら、ぎろりとジャンヌの方を睨む。ジャンヌはにしし、と悪戯成功と言わんばかりに唇をにんまりと三日月のように開いて嗤っている。そんな唇に端っこには鋭い犬歯がぎらぎらとその鋭利さを主張している。

「あれえ、口に合わなかった?」

「口に合わないどころの話じゃねえよ。これは血じゃねえかよお」

「異世界人は血が大の御馳走だって聞いたけれど違うの?」

「どんな噂だよ。こういう場面で出すのは普通お茶とかだろう。粗茶ですがお飲みくださいましって、お淑やかに出すのが乙女だろうが」

「この血はマリアの血なのにね。エルフの血は呑むと不老長寿になって、女の子にモテモテになるのに。もったいないねえ」

「いただきます!」

 グラスにガバリと手を伸ばす前に、ジャンヌがささっとグラスを攫った。そして、自分でごくごくと喉を鳴らして飲み干す。

「ああ、マリアたんの血があ」

「バカ、変態。私の血なわけないでしょう。ジャンヌ・ダルクは人間の血を吸う吸血鬼なのよ」

「吸血鬼なのか?」

 豪快な酒呑みのようにぷはあと、息を吐いて飲み干すと、ジャンヌはにやにやと笑いながら俺の方を見やった。

「正体がバレたら生かしておけないねえ。あとで、機械にかけて全身の血液を絞り出すことにしようかしら」

 ぶるりと背筋に悪寒が走る。冗談っぽく話をしておいて、瞳は本当にやりかねない真剣さを孕んでいる。こええよ、おっかねえよ。

「残念ながら、それは無理ね。シャルルは私の所有物なの。私がこの世界に召還したから」

 ちょ、所有物ってどういうことよ、そんな話は聞いてないぞ。俺には人権があって、生きていくためのありとあらゆる権利が……ハ! とその時点で気づいた。この世界において人って少数派なんじゃないか? 守ってくれる日本政府も、俺に支払われるはずの定額給付金も、すべては地球での話。この世界では全く事情が違う可能性がある。俺の十万円、親に使われちまう。親父の馬券に消えちまう。やべえ、やべえよ。元の世界に戻らないと。

「ちょ、ちょっと、トイレに行きたくなってきたなあ~ア( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」

 へらへらと笑いつつ、席を立とうとしたところ、むんずと右腕を掴まれる。氷のように冷却された冷たい視線が実体を伴ってぶすぶすと頬に刺さる感じがするぜ。

「あなたの頭の中の声は所有者である私に丸聞こえなの。例え、ターバンを巻いていたって聞こえるのよ。逃げようとしたって無駄だし、元の世界に戻る方法なんてないわ」

 がびーん、嘘、嘘だと言ってくれええ。家に戻ってラノベの続きが読みたい、コンビニでカップラーメン買って食いたい、ダンプカーに轢かれて……いや、それはもういいや。

「しっかし、面白い子だねえ。いやはや、一緒にいて飽きないよ。目玉を買いたいんだっけ。とっておきなのを持ってくるから」

 ジャンヌはそう言うと、店の中に一度引っ込んできてから、一つの硝子瓶を持ってきた。瓶の中では目玉が怯えたように四方八方に視線を送っている。

「この目はなんの目なんだ? もしかして、ドラゴンの瞳とか! くうう、かっこいいぜ。炎とか吐けちゃうサプライズはある?」

「ゴブリンの瞳だよ」

 どよ~んと心の中に芽生えていた、少年シャルルの心が砕け散る音が聞こえた。そんな、俺が見える世界の半分がゴブリンの瞳なんて、序盤で主人公に撲殺されて経験値にされちまう運命しか見えないのだが。

「そんなに落ち込むなって、うちで扱っている目玉は肉の目玉じゃないんだ」

「肉の目玉じゃない?」

「そうよ、高度な処理演算能力を持つマイクロCPUと鮮やかな色彩を映し出すGPUを搭載した機械眼球さ」

 なんだよ、その中二病を擽るようなワードは。失いかけていた心の炎がぼわっと燃え上がるのを感じる。ジャンヌは小瓶のコルクをきゅぽんと抜き取ると、ピンセットで眼球をつまみ上げて、俺の目の中に突っ込んだ。痛い、痛い、痛いって。さっき、そこの巨乳なエルフたんに目玉を抉り出されたばっかだから、まだ傷が癒えてないんだよ。

「我慢しなさい。機械眼球を身につけられるなんて、滅多にないのよ。庶民は他の動物の目を埋め込むしかない。本当に、ゴブリンの瞳でいいの?」

 マリアに言われて、痛いのを我慢しながら、お口をチャック。男の子だからね、痛いのは我慢しなきゃいけない。たとえ、血の涙を流しても、俺様は機械眼球が欲しい。

「まあ、ちなみに、私はお金を出さないけど」

「って、出してくれないんかい! マリアは本当にケチだなあ、それじゃあ、俺は肉の眼球で我慢………」

 そう言いかけたところで、視界ががらりと切り替わるのを感じた。

Covid-03~ジャンヌ・ダルク~



オコ
オコ
 この物語は『インフルエンサーノベリスト』橋本利一の提供によってお届けしております。インフルエンサーノベリストとは自分に影響力を与える物語を自分で書く、影響力は伝播するからきっとあなたにも届くはずをキャッチフレーズとして執筆活動を発信する小説家という意味です。