Covid

Covid-02~異世界転生~

Covid-01~消滅の刻~ 雪のように真っ白になるまで、掌を握り続ける。 強く、硬く、握手は相手が握りしめて初めて成立するんだぜ。でもよう、もう力...

 目を覚ますと、俺は知らない部屋で椅子に縛り付けられていた。猿轡をぎゅと噛まされて、身動き一つできない。眼前にはやけに美しい少女の顔があった。腰まで伸びた長い毛は癖毛なのか、四方あちこちにひん剥いている。瞳はくっきりとした二重で、アーモンドのようにくりりとしており、その眼光は非常に鋭い。鼻はツン高く、唇はふっくらとしており、少しばかり開いた口からは並びの良い小粒な歯が見え隠れしている。小さな顎からしなやかに伸びた頸の向こうには俺には刺激の強いふくらみが二つ並んでいる。それがあろうことか、俺の股間に押し付けられている。やめろ、やめろ。その柔らかさは非常にヤバい。ぽっきー不可避だ。呑気にそんなところまで観察を終えた俺は重要な事柄に目を向けることを完全に失念していた。

「ねえ、あなた。異世界から来たんでしょ」

 甘く甲高い声が聞こえる。異世界? そっかあ、俺は異世界転生したのか。なんとなく感じた違和感も、異世界転生という言葉を聞いた途端、妙に納得した。そして、そのなんとなくの違和感にも気づく。そういやあ、色がないな。少女の髪の色も、唇の色も、豊満な谷間から見える下着の色も、全てが黒と白の濃淡で構成されている。異世界と言えば煌びやかな色に彩られている風変りな雰囲気が定番じゃねえのかよ。モノクロって結構やべえぞ。

「色が見えない? そうね、私にも見えない。この世界にはね、色がないの。でも、安心して頂戴。私は寛容なエルフだからあなたに色を与えるわ」

 確かに、ちんまりとした形の良い耳は己をエルフだと主張せんとばかりに鋭利に尖っている。その見事なまでの鋭利さに見惚れちまって、やっぱり俺はぽかーんとだらしなく少女の姿を見やってしまった。だから、左目の先に何かを突き付けられて、視界が半分に割れようとしているのに、俺はなにも気づかなかった。

「痛い、そりゃあ痛いわよ。目玉を抉り取るのだから。でも、異世界にやってきたということは覚悟の上よね。ゴブリンに腕を捥がれたり、ケンタウルスに首を撥ねられたり、異世界ってそういう世界じゃない?」

 白と黒い線だけで形作られたナイフはその鋭利さを刃先のギザギザで伝えていた。いやいや、ちょっと待て。目玉を抉り取る? 冗談も休み休みにしろ。第一、俺は異世界転生なんて望んじゃいない。二〇二〇年の現代日本に住む普通の高校生だ。新型コロナウィルスが流行っているから、学校は休みだけどよう。ステイホーム。お家に居ようっていうから、ずっと部屋に籠ってラノベを読んでいたんだぜ。でもさあ、高校生だって腹は減るだろう? 飯を食わなきゃなんねえわけだ。だから、コンビニに行ったわけよ。ちゃんと律儀にアベノマスクをして、アルコール除菌もしたんだぜ。因みに、カビているマスクはデマノマスクだ。なのに、横断歩道を渡っていたらトラックが猛スピードで突っ込んできた。そんなテンプレートまっしぐらな展開に巻き込まれるなんて誰が思う? そりゃあ、読んでたラノベが異世界転生系だったから伏線だったのかもしれないけどさ。

 ごりごりと刃が骨に触れる音が聞こえる。激痛で脳がふ・る・え・る。怠惰デスねえってか? 俺がどんなラノベを読んで異世界転生の伏線作ったか分かっちまうじゃねえかよ。

「痛いの、遺体の、飛んでいけー」

 無感情な義務感に溢れた少女の声と共に、非常に下品な濁音に塗れた俺の目玉はくり貫かれた。ぬちゃとか、ぐちゃとかいう擬音語だな。汚ねえ汁がとろりと滴り落ちている。というか、遺体って誤字だろ。俺を遺体にする気なのか? 一応、語り部的な、主人公的な役割を期待していたんだけども、早々に遺体なのか? 異世界転生した先でも死んじまったらどこに転生すりゃあいいんだ? あれか、もしかして、死に戻りなのか? 俺はこの目玉を抉り取ろうとしている少女を救うために、数多もの死に戻りを繰り返すのか。上等じゃねえかあああ、死に戻ってやらあ。ほらほら、来いよ。謎の黒い手とかいう奴が俺の心臓を握りつぶすんだろう。

 しかし、いくら経っても謎の黒い手は現れなかった。左目はじんじんと痛みが増し、暗黒界の女神に愛された俺でも意識が飛びそうになる。ちな、そういう設定な。でも、痛いのは設定じゃねえ。マジのもんだぜええええ。

 少女がナイフをピンセットに持ち替えて、丸くふわふわとした脱脂綿を摘み上げると、液体に浸す。臭う、臭うぞ、消毒液の臭い。いやあ、現代ではアルコール除菌が高いから、持って帰ったら高く売れるだろうなあ。転売厨になりたい!

 脱脂綿は恐らく左目があった眼窩に突っ込まれた。バルス、目が、目がぁ〜! 沁み沁みになった俺の気持ちは少女に届くことなく、淡々と脱脂綿に消毒液を浸して、眼窩に押し込んでいく。ちょっと、絵面がグロくねえか? 健全な少年たちが夢見るライトノベルの挿絵に、脱脂綿を眼窩に突っ込んだ高校生が出てきたら、売上激落ちやで。そこんところ、分かっているのかなあ。眼福たるエルフ様はそこのところを分かってないらしい。そりゃあ、エルフに売上なんて関係ないよなあ。困るのは出版社と作家だもん。干されて、続刊が出なくても、エルフ様の御心は美しいままなのでございますってかあ。そもそも、目玉を抉り取られたら、眼福も半分になっちまうだろうがあ。俺の福、返してくれー。

 少女は包帯を俺の左目が隠れるように頭にぐるぐると巻き付けると、「よし」と呟いた。そして、整えられた銀色の眉を少し潜めて、小首をかしげる。

「あなた、ちょっとうるさいわね。このまま、猿轡でもいいかしら」

 おいおいおい~。まだ、一言も喋ってねえよ。異世界転生してからずっと、猿轡だよ。ふがふがとか鼻息荒くすることしかできねえよ。ああ、俺の名誉にかけて誓うけどな。少女の甘い芳香にクンカクンカしているわけじゃねえぞ。消毒液と血の臭いで鼻の中はお祭り騒ぎさ。鼻の下を目一杯伸ばしたところで、少女の芳しい体臭には……。

 ぎらーんとまたあの鋭利な白いナイフが飛び出す。ひいい、神様、仏様、女神様、エルフ様、俺をお救いくださいませええ。まだ、童貞なんですよう。女の子に触れることなく、この粗末な一生を終えてしまうなんてあんまりじゃないですかあ。

 そんな俺の祈りが通じたのか、少女は猿轡の結び目をナイフで切り取って、俺の口を解放してくれた。ついでに、手や足を縛っていた荒縄も解いてくれる。ふふふ、いいのか、俺を解放しても。暗黒界の女神に愛されたこの血塗られし、左手が貴女の豊満な乳を揉みしだかんと震え出すぞよ。さあ、叫ぶがいい、甲高い悲鳴を上げて助けを求め給え!

「ねえ、聞こえているわよ。全部」

「へ?」

「変態、殺すわよ」

 ななな、なーんと、ヤンデレ系女子だったとは! 驚き。というか、ヤンデレじゃなくて、単なる殺意じゃね?

「とんでもない人間が異世界転生してきたわね。本当、嫌になっちゃうわ。どうして、私があなたの面倒なんて見なきゃいけないのよ」

 殺意撤回! やっぱり、デレ成分入ってるじゃん。これだよ、これ。女の子はデレないとダメだよ。

「はあ、とりあえず、その思考化声をなんとかしたほうがいいわ。この世界では頭の中で考えていることが声となって外にダダ漏れになるのよ。こんな歩く性犯罪的中二病患者なんて連れて歩いた日には、私もふしだらな女として間違えられちゃうわ」

「お嬢さん、マジで言ってんですか? 思考がダダ漏れって生きていけないんだけど」

「そのお嬢さんっていうの厭らしいから止めて。私の名前は、マリア・テレジア。マリアって呼んでちょうだい。あなたの名前は?」

「シャルル・ド・モンテスキュー。シャルルって呼んでくれ」

 マリアは目を細めてジトーと俺の顔を見やった。低い鼻に一重目蓋でのっぺりとしたどこからどう見ても日本人の俺がシャルル・ド・モンテスキューという名前ではない。しかし、せっかく異世界転生したのだ。物語の始まりはいつだって、主人公の名前を決めるところから始まるだろう。だから、俺はシャルル・ド・モンテスキューってわけだ。法の精神なんて、俺にピッタリな言葉だと思わないか?

「いいわ、シャルル。まずは、あなたの帽子を買いに行きましょう。それまではこれを被っておいてちょうだい」

 マリアが持ってきたのはカレーなんかをぐつぐつ煮込むような深い寸胴鍋である。ちょ、ちょっと待てー。これじゃあ、前が見えないだろうが!

「どうせ、左目が見えないんだし、いいじゃない。私が手を引いてあげるから」

 マリアは愉快そうに喉を鳴らして笑うと、小さく舌を出した。一方の俺は、手繋ぎイベント発生で大歓喜である。よっしゃー。

Covid-02~異世界転生~

オコ
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 この物語は『インフルエンサーノベリスト』橋本利一の提供によってお届けしております。インフルエンサーノベリストとは自分に影響力を与える物語を自分で書く、影響力は伝播するからきっとあなたにも届くはずをキャッチフレーズとして執筆活動を発信する小説家という意味です。