Covid

Covid-01~消滅の刻~

 雪のように真っ白になるまで、掌を握り続ける。

 強く、硬く、握手は相手が握りしめて初めて成立するんだぜ。でもよう、もう力がねえんだ。力を込めてやらねえと、掌の輪郭が崩れてしまいそうな気がする。

 少女の胸は光り輝いていた。緋色の爛光が胸のひび割れから飛び立ち、蛍のように乱舞している。今にも弾け飛ばんばかりに膨れ上がった乳房は妖艶さの欠片もなく、ただ破滅の刻を待っていた。

 頼むからよう、救われてくれねえかな。しみったれた俺の人生なんてどうでもいいから。彼女だけを生かしてくれよう。傲慢な願いだっていうのは分かっている。だから、俺の命をすぐに取っていってくれ。なあ、悪くねえ提案だろう。精一杯苦しむからさ。

 俺は知っている。神様なんてもんは存在しないことを。この世界で誰かを救うたった一つの方法は自分の手しかないことを。無力だった。圧倒的に無力だった。

 自分の無力さを思い知るのは誰かを救えなかったときだ。俺は自分さえも救えなかった。つまらねえ学校、自堕落な生活、ぶっちゃけ人生なんて死ぬまでの暇つぶしじゃん。溺れていたのだ、この世界に。

 鳩尾に鈍い衝撃が走る。横隔膜が痙攣して、喉の奥から得体の知れないものが迫り上がってくる。俺は少女を汚さないように顔を背けて、地面に吐いた。どろりとした血の塊がアスファルトの地面に飛び散った。

 汚染されて溶けかかった肺を吐いた。吐く度に呼吸が短く小さくなる。そして、酸素の吸入に耐えきれなくなった肺が爆ぜると死に至る。新型コロナウィルス、SARS-CoV-3。

 コロナウィルスの最終形態にして、人類を滅亡まで追い込もうとしている未知のウィルス。息を吸う度に、息が足りなくなっていくのが分かる。それでも、俺はあらんかぎりの息を吸い込んだ。ウイルスに侵されて、萎んだ肺がぎゅうっと伸びあがった。胸が赤く光り輝く。押しつぶされんばかりの死の恐怖を押しのけ、俺は少女の唇に己の唇を重ね合わせた。

 死の刹那だというの少女の唇は温くて、柔らかくて、最期のキスが俺でごめんな。そんな贖罪を添えながら、少女の崩壊した肺に呼気を送り込んだ。一呼吸でも少女が長生きしてくれればいい。俺ができるのは、そんな未熟な延命しかない。俺は呼吸をする度にボロボロと消しゴムのカスのように零れ落ちる肺を地面に吐き続けながら、少女に呼吸を届け続けた。どうか、どうか聞いてくれ。新型コロナウィルスを舐めちゃいけねえ。こいつは俺たちを滅ぼしちまう。いいか、その残酷な運命を回避する方法は……。

Covid-01~消滅の刻~



オコ
オコ
 この物語は『インフルエンサーノベリスト』橋本利一の提供によってお届けしております。インフルエンサーノベリストとは自分に影響力を与える物語を自分で書く、影響力は伝播するからきっとあなたにも届くはずをキャッチフレーズとして執筆活動を発信する小説家という意味です。
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