プロフィール

橋本利一を紹介します

インフルエンサーノベリスト見参!!

自分が自分に影響力を与える物語を自分で書く

橋本は1991年千葉県にて誕生しました。

父親は転勤族で会社の異動に合わせて、北海道、福岡と渡り歩きました。

幼少期は器械体操をやっていました。

バク転や宙返りを学校のみんなの前で披露すると、ヒーローになった気分になるのです。

ヒーローになるのはとても心地が良いことでした。

しかし、橋本には器械体操の才能はなかったのです。

鉄棒や床といった競技にはスピードとリズム感と勇気が要求されます。

超絶びびりな橋本には、

勇気を出して危険な技に挑戦することができませんでした。YUUKI150321090I9A4199_TP_V

陸上を始める

橋本は走ることが得意でした。

身長もあり、脚も長いので、学校のかけっこではいつも一番になれる。

そう思ったので、中学は陸上部に入部して、

走り幅跳びの選手になりました。

しかし、陸上の競技人口は多く、一番になることはとても難しいことです。

レッドオーシャンというやつですね。

どう頑張っても、ウサインボルトみたいにはなれません。
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小説との出会い

小説との出会いが橋本の人生を大きく変えました。

スポーツで一番になることを諦めた橋本は、

小説の世界に逃げ込みます。

その頃は現実がとても辛かったんです。

勉強も辛く、スポーツでも一番にはなれない、親からも圧力がありました。

良い学校に入る、良いところに就職をする、良いお嫁さんを見つけてくる。

全てが、橋本のプレッシャーとなっていました。

そんな橋本に、小説は色々な世界を見せてくれました。

その中でも、ライトノベルというジャンルに心躍りました。

世の中にはこんなに面白い小説があるのか、

しかも、学校の図書館なら読み放題なのです。

橋本にとっては天国でした。

橋本が初めて読んだライトノベルはキノの旅です。

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キノの旅を読んで、橋本は絶対に小説家になるんだと心に誓ったのです。

あとがきを面白く書く、時雨沢先生は橋本の憧れでした。

図書館にはこんな面白いことを考える人がいるのか。

橋本は図書館でキノの旅を借りる度にそんなことを思いました。

そんな力がキノの旅にはあると思います。
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日本大学芸術学部へ

橋本の初めての小説は原稿用紙5枚程度の短いものでした。

自分では会心の出来やと思いインターネットに投稿したのですが、

まあコテンパンに叩かれています。

当時2chに晒されているのがネットに残っています。

hakkk hu

hasimotpo
ネットに投稿する恐ろしさを知りました。

小心者でガラスのハートの持ち主である橋本はくじけてしまい、

以後、誰にも見せることなく、

ひっそりと小説を書き続けていました。

しかし、どうしても上手くならないので、

大学は小説の学校に行きたいと思い、

日本大学芸術学部を受験します。

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橋本的には、日本大学芸術学部は行って良かったと思います。

小説はライトノベルだけじゃなくて、

もっとたくさんのジャンルがあるということを知ります。

もちろん、日本大学芸術学部に行ったからといって、

必ずしも小説家になれるわけではありませんが、

階段をのぼるように、橋本の小説は上手くなっていきました。

橋本紡先生との出会い。フリーターへ

橋本紡先生は、橋本の憧れの小説家です。

橋本の苗字である橋本は、彼に由来するのです。

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彼はライトノベルでヒット作を連発し、一般文芸へと挑戦しました。

半分の月がのぼる空以降は知らないという方もいるのでしょうけれど、

橋本先生が本当に書きたかったことは、

半分の月がのぼる空以降にあったんだと橋本は思います。

日本大学芸術学部在学中に橋本先生を大学に呼び、

インタビューをしたことがあります。

インタビュー記事は探せばまだどこかにあるので、

ブログにいつか書こうと思います。

掲載の許可は在学中にもらっています。

彼は文学は崩壊すると語っていました。

当時は意味が分からなかったのですが、

今ならわかります。文学は崩壊する。

ライトノベル業界も出版業界も、成長を止めて、

生き残りを模索する世の中になっています。

橋本先生はこのことを予言していたのではないのかなと思うのです。

大学卒業後は就職をせずに、プールの先生をアルバイトでやりながら、

ひたすらに小説を書いていました。

橋本は就職したくて、大学に行ったのではないのです。

小説家になりたかったのです。

だから、正社員は頑なに拒否をしました。

それでも、長編小説が書けなくて、悔しくて、投げ出しそうになりながらも、

ひたすらに書き続けました。

しかし、初めて書き上げた長編小説で、電撃文庫に応募したとき、

橋本の作品は一次選考で落ちてしまいました。

死力を振り絞った渾身の力作だったのです。

このときに悟りました。

ああ、僕は小説家にはなれないのだと。

就職とイケハヤさんの出会い

橋本は猛勉強をして、あるところに就職をしました。

もっと良い小説を書くには、社会を知る必要があるのではないか。

そして、安定した生活を送ることに憧れを抱いたのです。

正職員というものはとてもいいものでした。

時間通りに帰れるし、給料も貰える。

帰宅したら、小説を書くことができる。理想としていた職場でした。

橋本の文章も上手くなり、新人賞の予備選考に残るようになってきました。

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しかし、そんな橋本にイケハヤさんという存在が現れます。

彼は小説家ではありません。

プロのブロガーです。

サラリーマンを煽り、夢を語ります。

その口調はスパイシーなものですが、橋本は一気に彼にのめり込みました。

橋本もイケハヤさんのような生き方がしたい。

小説を書きながら、文章を使って、人々に夢を与えるインフルエンサーになりたいと、

強く思うようになりました。

最近、橋本の仕事も忙しくなってきています。

一年経って、一人前と認められるようになり、

残業することも増えてくるようになりました。
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このままでいいのだろうか。

小説家として、文章のインフルエンサーとして、

活動したいのに、今の職場にいると、八時間は拘束されます。

八時間×五日間あれば、橋本はもっと文章を書くことができるでしょう。

自分の本当にやりたいことに挑戦できるでしょう。

しかし、今の仕事も捨てがたいのです。

出勤をすれば給料は貰えるのです。

月に10万円に届かなかったフリーター時代を知っているからこそ、

挑戦することに躊躇いを覚えます。

しかし、橋本は踏み出すつもりです。

インフルエンサーノベリストとして一人前になるために、

今日も文章を書き続けるのです。

と息巻いていましたが、頑張り過ぎて、橋本はうつ病になってしまいました。

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休みながら、自分のペースでやることが一番だなと思います。

橋本は自分の為に小説を書いています。

つまり、敵はいないわけです。

橋本が休んでいても、追い越される心配はないのです。

2018年は10本の新人賞を出しました。

2019年はペースを落として、

クオリティの向上とインプットに力を入れようと考えています。

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インフルエンサーノベリストは、

山下泰昌先生の著作である『bella peregrina. カワイイ天狼(オル)の育てかた。

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