橋本の作品

『習作』永いお別れ

たまには小説を書いてみる

オコ
オコ
おお、今日は物書きを煽りに行かないんですか?

オコ
橋本の頭の中に住んでいるオコジョ。

両親を目の前で殺された辛い別れの経験がある。

橋本利一
橋本利一
僕は小説家だからね。
たまには、短い作品を書いてもいいかなって思ったんだよ。

橋本利一
インフルエンサーノベリストを名乗る小説家。
恋愛がテーマの作品は辛い。

オコ
オコ
ええっと、本作品は橋本が通っている小説講座の10枚小説の課題ですよね。
橋本利一
橋本利一
横浜まで通っているやつね。
テーマは恋愛で10枚書いたんだよ。
オコ
オコ
評価はどうでした?
橋本利一
橋本利一
もっと、恋愛した方がいいぞと言われたよ。
オコ
オコ
ペアーズのアフィリエイト貼っておきますね。
もっと出会い系サイトで、出会いを求めたほうがいいですよ。
橋本利一
橋本利一
フラグ立てるの面倒くさいんだよ。

オコ
オコ
人間の恋愛って大変ですね。
オコジョはサクッと交尾できますから。
子だくさんですし、少子化なんてありえませんよ。
橋本利一
橋本利一
人類は衰退しました。
オコ
オコ
ドングリをあげましょう。
ヨシヨシ( ,,´・ω・)ノ

永いお別れ

 彼女は何食わぬ顔でひょっこりと顔を出す。そして、何事もなかったかのように別れ話を始めるのだ。僕は彼女と別れたくなくて、あの手、この手で、彼女の気を惹こうとするのだが、いくら言葉を尽くし、愛を表現したところで、彼女は永遠に僕の前から去ってしまう。物語の結末は決まっているのに、僕はいつも期待してしまうのだ。淡い幸せが末永く続くのではないかと。彼女の夢を見るたびに、僕は膝を抱えて、身体を小さくしながら、反省をする。自分の行い、振舞い、言動、行動、全てを吟味し、最善手だったのか考えるのだ。温もりが残る布団の中で、静かに思考を巡らせる。自分の体温が移った温もりだが、僕はその中に彼女の温もりを見出そうとする。夢を見ないように努めてきたが、ここ数年は諦めるようになった。
 自律神経失調症ですね。かかりつけの馴染みの医師に診断を受けたのは、大学を卒業したばかりの頃だ。彼女と別れ、就職に失敗し、アルバイトで食い繋ぐ日々が始まったばかりだった。毎日、生きるのが辛かった。呼吸をするのが精一杯。次の息をきちんと吸えるだろうか、そんな不安が、心臓が鼓動を打つたびに頭を過った。呼吸の心配をしなければいけないし、お金の心配もしなければいけない。不安は不安を呼ぶのだ。そのうちに、めまいや吐き気という自覚症状が出てきた。けれども、自分がおかしいということに気づくことはなかった。日々の生活の疲れが溜まっているだけだろうと思っていた。
 自律神経失調症と診断されて、処方されたのは向精神薬と睡眠導入剤だった。医師は内科医だったが、これ以上症状が酷くなるようだったら、精神科を紹介すると言っていた。はっきりとは言われなかったが、薬の名称を調べると、鬱の文字が現れた。僕は鬱なのか。そんなはずはない、僕は健康だ。しかし、書き表すことも難しい鬱という文字は僕に現実を突きつけているような気がした。抵抗するから苦しくなる。認めよう、僕は鬱なのだ。鬱故に、自律神経失調症にかかってしまったのだ。
 自律神経失調症を完治するためには、規則正しい生活リズムを作ることが大切だと、医師は言った。運動をして、健康的な食事をとり、長い睡眠をとる。アルコールや夜更かしは厳禁だった。自分を戒めることが健康に繋がるのである。僕は健康を取り戻すために、自分の中にある不要なものを捨てていった。外食を控え、飲み会を断り、友だちとの連絡を絶った。友だちは僕にとって、誘惑だった。いつもアルコールを勧めてくるし、オールと称して徹夜の飲み会を敢行しようとしてくる。そして、運動をした。慣れない筋力トレーニングとスイミングは僕の肉体的にも、精神的にも、鍛練になった。
 自律神経失調症の原因となっているのは、ストレスだと言われている。僕はストレスを取り除くために、様々な手法を試みた。特に、心の支えになっているのは創作活動だ。幼い頃に抱いた小説家になりたいという夢。僕は夢を諦められない子どもだった。この国では、子どもに将来の夢を聞くのに、大人に将来の夢を聞くことはない。大人になったら、夢を与える側に回りなさい。そのために、働くんだと言われる。夢を叶えられる人は限られているのだ。みんな、夢を叶える前に、夢を与える側に回らされて、労働を強いられるのである。夢を叶えられなかった人間が与える夢なんてものは、本物ではないと思うのだが、社会というものは上手い仕組みが作られており、夢を叶えた者の優れたビジネスモデルによって、豊かさが与えられている。
 僕は毎日書き続けている。呼吸と同じように、いつも明日も書けるだろうかと不安になるが、きちんと明日も書ける。十数年間続けてきた習慣は、呼吸や心拍と変わらない、安定した成果を刻むのだ。成果といっても、僕の書く文章は一円にもならない。新人賞を受賞したわけでもないし、書籍化したわけでもない。けれども、僕に明日も生きる勇気を与えてくれる。これは常に不安に怯える僕にとって、安心できる材料であるし、お金を出して買えるものでもないのだ。よく、どんな小説家になりたいかと聞かれることもあるが、僕は僕の心に届く物語を紡ぐ小説家になりたいと思っている。自分だけの世界に閉じこもり、自分だけの物語を書いていては、大衆には刺さらないかもしれないが、肝心の僕に刺さらないと、僕が書く意味がなくなってしまう。それだけは、いつまでも忘れないようにしようと思っている。
 連続的に続く不安から解放されるのに、最も効果があるのは、睡眠だと思う。僕は、生きているだけでストレスになるので、意識が遮断されるのはとても安らぐのだ。しかし、そんな睡眠を邪魔してくるのが彼女だった。夢を見ない、深い眠りを欲しているのに、床に就くと、彼女がでてくるのだ。僕は深く眠るための方法を調べた。室温を体温と同じにしてみたり、食事の時間や入浴するタイミングをずらしてみたり、パソコンやスマートフォンのブルーライトを避けてみたり、だが、彼女がでてこない夜はなかった。僕はリラックスをするために加湿器にアロマオイルを垂らして寝るのだが、蒸気となった華やかな香りは夢の中で彼女の体臭となって、より鮮明に彼女を浮かび上がらせるのである。
 彼女は大学時代に二年間付き合った彼女だった。僕にとって、きちんと付き合った彼女だったし、愛しているという言葉を具体的な形にした人物だった。僕は彼女に精一杯尽くしたつもりだったが、彼女の心には届いていなかったらしい。彼女はふしだらな女だった。そして、両親が医者で、お金もたっぷりと持っていた。他の男に平気で股を開くし、痴漢をされても、それを楽しんでいるような素振りさえ見せていた。預金通帳には見たこともないほどの0が並んでいて、慎ましく生活をすれば、一生働かなくてもいい金額があった。僕はそんな彼女に全てを求めていた。支配したいと思っていたのだ。なぜならば、僕は呼吸をするたびに不安になるような男だ。彼女の存在は僕の不安を埋めてくれると思っていたし、愛があれば、幸せになれると思っていた。故に、彼女のそばに他の男が寄り付くのをしつこく追い払ったり、彼女の我が儘を何でも聞いたりしていた。口では、彼女も僕のことを愛していると言っていたし、ベッドの上の彼女は間違いなく、輝いていた。だから、僕だけが独占するのはもったいないことだと、今になって、思う。しかし、当時の若い僕には分からなかった。そんな魅力的な彼女でさえ、僕と同じ不安を抱えていて、それを満たしてくれる人を探していたのだ。つまりは、人間として欠けたもの同士が愛を求め合っていたのだ。上手い具合に相手の欠けた部分を補い合うことができれば良かったのだが、大人になったばかりの僕らにそれを求めるのは酷だと言える。年月を重ねるにつれて、その反省点は明確になっていく。次に愛し合う女性には同じ過ちを侵さないと決めているのだが、波長が合う異性というのはなかなか出会えないものなのだ。
 僕は彼女の話をしているが、実は、彼女が存在したのか定かではない。彼女はTwitterやFacebookやLINEをやっていないし、毎年送っていた年賀状も、住所地には違う住人が住んでおり、受け取り拒否ということで戻ってきた。スマートフォンには彼女とやりとりしたメールのデータは残っているが、新着がくることはない。新しいメールを送ることや電話をすることで、彼女の存在を確かめることもできるが、お別れして数年経つのに、それをしたところでどうするというのだ。よりを戻そうと、惨めたらしく訴えるのか、友人関係になろうとありふれた言葉を投げかけるのか。僕は、僕の人生を生きているし、彼女も、彼女の人生を生きているはず。今は、そっとしておくのが一番だと思っている。
 彼女が存在したかどうか、鬱を拗らせた僕の幻ではないのか。真実は分からないが、夢の中の彼女は毎晩、律儀に僕の前に現れる。彼女と別れた直後は、慰めてもらおうと、多くの人に彼女の話をしたが、そんなつまらない女のことなんて、すぐに忘れる。世の中にはもっと美人もいるし、もっと胸が大きな人もいる、性格だっていい女はたくさんいるんだと言われた。でも、彼女の虚像は年月を経るにつれて、より鮮明に現実感を伴って、僕の瞼の裏に登場するのである。次の運命の女性が現れたら、パソコンのファイルのように上書き保存で消すことができるのかというと、きっと、そんなことはないだろう。また、より複雑になって、僕の前に現れるはずだ。
 そんなわけで、僕は毎晩お別れをしている。これは、永いお別れなのだ。死んだ人を想い、花と線香を持ってお墓を訪れるのと同じように、僕は彼女を供養している。いつか、成仏して、深く眠れる日が来るように祈りながら、今日も永いお別れをしてきます。

おわり